2008年10月26日

福沢諭吉のオランダでのマル秘写真発見!

思うに、かなり鮮明な状態の写真ですね。
周りの使節の同行者に比べて背が高いのも大物感を感じさせますね。
福沢諭吉は。
蘭学を学んでいたのが幸いし、通訳として文久遣欧使節に参加。
明治の文化・思想を築き上げ、日本人の生き方・考え方に大きな影響を与えるわけです。福沢諭吉は。

写真ってすばらしいと思います。

『福翁自伝』と自由闊達なオランダについて書いた書
  

(産経新聞より)
福沢諭吉(1835〜1901年)が文久2(1862)年、文久遣欧使節の通訳として渡欧した際に撮影された写真4枚がこの夏、オランダのユトレヒトで発見された。渡欧中の肖像写真はこれまでに十数枚が確認されているが、慶応義塾福沢研究センターの都倉武之さんは「諭吉の自由闊達(かったつ)な気風がとらえられた、とても興味深い写真」と話す。(桑原聡)

 竹内下野守保徳を正使とした使節は文久2年1月に長崎をたち、フランス、英国、オランダ、プロシア、ロシア、ポルトガルをめぐり、約1年後に帰朝。使節はこの旅でユトレヒトの造幣局を訪問している。

 4枚の写真は東京大学史料編纂(へんさん)所の谷昭佳さんが、ユトレヒトの貨幣博物館が所蔵する文久遣欧使節の写真31枚を収めた記念アルバムの中に発見した。1枚は諭吉を含む使節4人の大判集合写真(20・3センチ×15・2センチ)、3枚は単独の名刺判写真(10・5センチ×6・3センチ)。

 大判写真の裏にはユトレヒトで活動していたドイツ系写真家「F・KAYSER(カイザー)」のスタンプがあり、使節がユトレヒトを訪問した7月15日から17日の間に撮影された可能性が高い。単独写真3枚も諭吉が同じ着物であることから同日撮影とみられる。

 「史料によると、一行がユトレヒトに到着した7月15日の夜にティボリ公園で歓迎会が催されています。推測ですが写真は歓迎会の前に撮影されたのでは。1カ月に及ぶオランダ滞在が終了した安堵(あんど)感が感じられるようです」と谷さん。

 諭吉が64歳のときに口述筆記させた『福翁自伝』で「各国巡回中待遇の最もこまやかなるはオランダの右に出るものがない」と回想しているように、4枚の写真からは歓待を受けてリラックスしている諭吉の様子がうかがえる。
posted by カミガタ at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ヨーロッパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月22日

ローマ帝国の伝説にまつわる遺跡を発見

これは歴史的発見。
写真を見る限り、外壁などは原形をとどめているという感じ。
2000年の時を経て、よみがえったという事ですね。

(時事通信より)
ローマ建国伝説の遺跡発見か=パラティーノの丘−伊学者グループ


イタリアの考古学者グループは20日、紀元前8世紀半ばのローマ建国の伝説に登場するロムルスとレムスの双子兄弟がオオカミから乳を与えられたとされる洞穴を発見したと発表した。地元メディアなどが伝えたもので、ローマ市内のパラティーノの丘にある古代ローマの初代皇帝、アウグストゥス帝(在位紀元前27 年−紀元後14年)の宮殿近くの地下に、貝殻や色づけされた石で飾られた空間が見つかったという。
posted by カミガタ at 07:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ヨーロッパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月22日

ポーランド首相「ナチス侵略なければ人口2倍発言」

「過去の事で、今は関係ない」というのも簡単でしょうし、
「ばかげている。歴史を持ち出す場合ではない」というのも分かりますが、やられた側からいうと、それは難しいでしょうね。気持ちは分かります。

ポーランドを納得させて、「政治的配慮」を解消した新たな取り決めができるといいな、と思います。
そのためには、ポーランドの気持ちに配慮した進め方が大事だと思います。

それとは直接は関係ないですが、「人口比」でというのは一見孝平には見えますが、リヒテンシュタインとかルクセンブルグとか小国にとってはどうなのでしょうか。発言する機会がなくなるような気がしてならないのですが。
小さな地域、国家をリスペクトする気持ちがないと、ヨーロッパの居心地の良さが失われるようで、嫌な感じがします。
大国主義に走ってしまいそうで、そちらの方が私には危惧してしまうのですが。

(毎日新聞より)
<ポーランド首相>ナチス侵略なければ人口2倍…発言が波紋

第二次世界大戦でナチスの侵略がなければ、ポーランドの人口は約2倍だった――。ポーランドのカチンスキ首相が地元ラジオで行った発言が、欧州憲法の再生を目指す新条約を検討するため、ブリュッセルで開催中の欧州連合(EU・27カ国)の首脳会議で波紋を呼んでいる。多くのポーランド人がナチス・ドイツの犠牲になった大戦を理由に、歴史的に対立する議長国・ドイツをけん制したと受け止められている。
 ポーランドの人口は約3800万人。EUが多数決を行う場合、政治的妥協でポーランドには人口8200万人のドイツとほぼ同数の票数が与えられている。新条約では、各国の人口比をより正確に反映して票数を再配分する方針だが、ポーランドは現在と同じ票数を求め、交渉の障害になっていた。
 カチンスキ首相は「失ったものを取り返すべきだ」と、要求理由を説明した。各国首脳は21日、「ばかげている。歴史を持ち出す場合ではない」(デンマーク)などと一斉に反発。交渉取りまとめを目指すドイツのメルケル首相だけが言及を避けた。
posted by カミガタ at 16:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ヨーロッパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月07日

あらゆる抗菌剤が効かない結核菌が出てきている

ブルブル…対応力が強い結核菌という事ですね。
投薬制御と症状認識がいかに大切かわかります。
薬も過ぎれば、「毒」ですね。

  

(読売新聞より)
あらゆる抗菌剤が効かない結核菌、イタリアなどで検出

感染拡大が世界で懸念されている「広範囲薬剤耐性」(XDR)の結核菌がさらに強力になり、すべての抗菌剤が効かなくなったタイプがイタリアなどで検出されたことがわかった。

 世界保健機関(WHO)ストップ結核部のマリオ・ラビリオーネ部長によると「XXDR」(極度薬剤耐性)の結核菌という新名称も提案されているという。

 イタリアの患者は女性2人。菌は最初から多数の抗菌剤に耐性を持っていたが、結核専門でない医療機関で様々な抗菌剤を投与され、次第にすべての抗菌剤に対する耐性がついたらしい。2人とも2003年に死亡したことが、欧州の専門誌で先月、報告された。
posted by カミガタ at 19:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ヨーロッパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月19日

海底の沈没船から600億円分の金・銀貨発見!

沈没船から大量のお金発見ですか。
金銀貨の重さは17トンにも上るそうです。
どんな人が買うのでしょうか。

<沈没船>600億円分の金・銀貨だ! 大西洋の海底で発見
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070519-00000025-mai-soci
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070519-00000030-san-int
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070519-00000407-yom-int

(毎日新聞より)
米フロリダ州の沈没船探査会社が18日、米国が英国などの植民地だった時代に大西洋で沈没した船から銀貨50万枚以上と金貨数百枚を発見したと発表した。総額は5億ドル(約600億円)になるとの試算もあり、同社は「歴史的な沈没船で見つかったものとしては過去最大級」と説明している。
 発見したのはオデッセイ・マリーン・エクスプロレーション社。保安上の理由や調査中であることなどから、船名や沈没時期などの詳細は明らかにしていないが、発見場所は公海の海底だと話している。AP通信によると、同社はイギリス南西沖で17世紀に沈没した商船の引き上げ許可を米裁判所に申請し16日に認められている。
 発見された銀貨は総重量17トン以上。金貨も含め保存状態は良好だという。同社は権利関係に問題がないことを確認した上で、発見したコインを販売する予定。同社の依頼で鑑定を行った専門家によると、1枚あたりの価格は数百〜4000ドルと見込まれる。
 AP通信によると、沈没船の財宝で最も高値がついたのは85年にフロリダ沖のスペイン船(1622年に沈没)から回収された金貨や宝石などで総額4億ドルだった。オデッセイ社は03年にも米南部ジョージア州沖で1865年に沈没した船から金貨など5万枚を回収している。
posted by カミガタ at 16:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ヨーロッパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。